名句の花束

名句の花束―フランス文学の庭から(36)

« Mon Nara » No 266, 2014年11-12月号 掲載 

名句の花束―フランス文学の庭から(36)

三野博司(会長)

太陽のように輝くことばで醜さも消えてしまう
Il sent sa laideur fondre à ces mots de soleil…(1)
(ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』1897年)

前号までに、「美女と野獣」型物語のひとつとしてヴィクトル・ユゴーの『ノートルダム・ド・パリ』を3回にわたって取り上げました。この小説では、おとぎ話とは違って、野獣が美しい王子に変身するという結末はありません。カジモドのエスメラルダにたいする至純の愛にもかかわらず、彼がジプシー娘から得るものはせいぜい好意であり、愛ではありません。他方で、野獣というほどではありませんが、醜い姿のままで、変身することなく愛する女性に受け入れられる物語があります。とはいえ、そのとき彼の命数は尽きるのですが。
エドモン・ロスタンの『シラノ・ド・ベルジュラック』は、1897年の初演以来、フランスで上演され続けています。2014年11月7日から15日まで、私がパリに滞在したあいだにも、二つの小劇場で上演されていました。両方を比較してみようと思ったのですが、滞在中の予定がかなり詰まっていたので、チケットを一枚だけネット予約しました。
劇場はThéâtre Michel。初めての場所なので住所を頼りに出かけました。Rue Tronche を北上して、Rue Maturinに入ってあらわれた最初の劇場でチケットを見せると、ここではない隣の劇場だと言われました。外へ出て、建物に掲げられた看板を見ると、Théâtre Maturin とあります。そもそもRue Maturinの名前で気づくべきだったのですが、カミュの『誤解』が1944年に初演された劇場です。Théâtre Maturin がパリのどこにあるのか、これまで調べてみようともしなかったのですが、今回偶然にそれを発見したという次第です。あとでネットで調査したところ、劇場のサイトにはきちんと『誤解』がここで初演されたことが明記されていました。
翌日、スピケルさん(国際カミュ学会会長)、ブロンドーさん(同副会長)と、個別に会う機会があったので、この話をしたところ、パリ在住の二人とも「ええ? それどこにあるの?」という反応でした。Madeleine と Saint-Lazare のあいだ、とこちらは答えました。まあカミュ研究にとって些事ではありますが……。ただこちらとしては、偶然に間違った劇場に入って、かえって得をした気分でした。
そして目当てのThéâtre Michelはその隣でしたが、外見ではどちらの劇場もほぼ同じくらいの規模で、いまは地域に溶け込んだ場末の芝居小屋といったたたずまいです。劇場のなかに入ると、平土間、桟敷席、二階席を合わせても席数150ぐらいでした。祝日(11月11日の第一次世界大戦休戦記念日)だったので、子ども連れも多く、客席はほぼ満席。脚本では出演者は40名を超えますが、この日最後に舞台に並んだのは11名でした。登場人物も物語の場面も省略があり、上演時間は2時間でした。
フランス映画では1990年ドパルデューのものがよく知られています。日本で見た舞台で印象に残っているのは、仲代達矢と若村麻由美のコンビです。また大正時代から『白野弁十郎』として翻案されて有名になり、その後島田正吾の一人芝居はかつてテレビでも放映されました。他にもまだまだあるようです。それにしてもよくできた芝居台本です。ストーリーはだれもが知っているのに何度も見てしまう。忠臣蔵みたいなものなのでしょうか。(以下次号)