名句の花束

名句の花束―フランス文学の庭から(2)

« Mon Nara » No 231, 2009年3‐4月号 掲載

名句の花束―フランス文学の庭から(2)

三野博司(副会長)

Il faut cultiver notre jardin.
私たちの庭を耕さなくてはなりません。
(ヴォルテール『カンディード』 1859年)

「名句の花束」という看板を掲げて始めたこの連載ですが、そもそも「名句」とは何でしょうか。古来「名句」として人口に膾炙している句は、短いまとまりをもつ一文が人生や世界についての真理を簡潔に要約して言い当てたり、作者の思想や作品のエッセンスを凝縮して表出していたり……と、すべからく名句となるにふさわしい資格を有してますが、それらを眺めていると、Il faut+不定詞の形を取るものがいくつか気がつきます。
なるほど、Il faut + 不定詞「~しなければならない」という、いわば定言的命令といった形式は、その反対の Il ne faut pas + 不定詞「~してはならない」という禁止命令とともに、むかしから掟、戒律、格率、箴言といったかたちで、私たちの行動を律する規範となってきました。
個人的なことを言うと、私としては「Il faut + 不定詞」は好きです。あまりそれにとらわれすぎて行動と判断の自在性を失ってはいけませんが、しかしともあれ、「Il faut +不定詞」は、さしあたっての生きていくべき方向性を示してくれます。
前回の Le vent se lève. Il faut tenter de vivre ! は、二つの句から成っていますが、この前段はいくらでも他の表現に置き換えることができます。風が立とうと、朝日が昇ろうと、小鳥がさえずろうと……、ちょっとした他人の親切に心動かされようと、きっかけはなんでもいいのです。ようするに、そのことが、後段の Il faut tenter de vivre ! を引き出す動因となれば、それでいいのですね。
で、今回とりあげるのは、18世紀の思想家ヴォルテールの哲学的コント『カンディード』の結びの句です。
Cela est bien dit, répondit Candide, mais il faut cultiver notre jardin.
「お説ごもっとも」とカンディードは答えた。「でもともかく、私たちの庭を耕さなくてなりません」
Voltaire ヴォルテールは筆名ですが、彼は17世紀末の1694年にパリの公証人の末子として生れました。そして、フランス大革命勃発11年前の1778年に亡くなっています。18世紀の大半を生き抜いて、あらゆるジャンルにおよぶ膨大な著作を残しましたが、50歳をすぎてから執筆した一連の短篇小説は俗に「哲学的コント」と呼ばれていて、今でも多くの読者に迎え入れられています。これは、彼が自分の思想をわかりやすく読者大衆に伝えるために好んで用いた形式で、難解な思想を風刺とイロニーに満ちた物語に託して表現することに成功しています。その代表作が、1759年に発表された『カンディードまたは最善説』です。
主人公の名前カンディード Candide は、フランス語で「純真な、無邪気な」を意味する形容詞に基づいています。ライプニッツの楽天主義を信じて疑わない家庭教師パングロスに「この世のすべては最善の状態にある」と教えこまれた純心な青年カンディードは、そのことを確かめるべく、恋人のキュネゴンドと一緒に世界を遍歴しますが、各地で幾多の辛酸をなめることになります。友人の哲学者マルティノンが「理屈を言わずに働きましょう。それだけが人生を耐えられるものにする唯一の途です」と言うように、人生おいてはけっして「すべては最善の状態」ではないけれど、勤勉がそれを耐えられるものにするのです。
そして、物語の最後では、庭の果物を売って平和に暮らすトルコの老人の姿にヒントを得て、カンディードは、「各人が自分の庭を耕やす」という悟りをえることになります。
ここには、作者ヴォルテール自身の社会観が読み取れます。私たちがなさねばならないこと(Il faut)は、私たちの庭(notre jardin)、すなわち身近な社会を、地道に改良すること(cultiver)なのです。私たちの庭であって、他人の庭ではありません。他人の庭まで耕すことは、無用なお節介というものなのでしょう。フランス革命まであと11年というときにヴォルテールは亡くなりましたが、彼が目指したのは、他人の庭まで耕してしまうような社会の根底的な変革、すなわち革命ではなくて、まずは自分の庭を耕すこと、自分の持ち場の外へと出ることなく、その範囲内での改良なのでしょう。
また、自分の庭を耕すというのは、王侯貴族のように他人に自分の庭を耕せてみずからは安逸な生活を送ることでもなければ、農奴のように他人の庭を耕すことを強いられて搾取されることでもありません。各自が自分の持ち場をしっかり管理するという、市民社会のモラルがそこに読み取れます。