名句の花束

名句の花束―フランス文学の庭から(5)

« Mon Nara » No 234, 2009年9‐10月号 掲載

名句の花束―フランス文学の庭から(5)

三野博司(副会長)

Je pense, donc je suis.
我思う、故に我あり。
(デカルト『方法序説』 1637年)

いきなりヴァレリーの詩句から、やや高尚な趣で始まった「名句の花束」ですが、三つの Il faut + 不定詞のあとで、少し趣向を変えて、誰でも知っている有名な句をいくつか取り上げることにしましょう。
有名な句の定義をどこに置くかというのが問題となりますが、とりあえずは『広辞苑』や『広辞泉』に見出し語として掲げられているものということにしましょう。そこで、まずデカルトのこの句から。
『広辞苑』『広辞泉』ともに、「我思う、故に我あり」はラテン語の Cogito, ergo sum の訳であると説明され、さらに『広辞泉』には、「すべての意識内容は疑いえても、意識そのもの、意識する自分の存在は疑うことができない」と、簡潔にして的確な説明がなされています。また、『広辞苑』『広辞泉』ともに、「コギト エルゴ スム」もまた見出し語として出ています。
ところが、こうしてラテン語とその日本語訳が広く認知されているのに対して、フランス語の Je pense, donc je suis. のほうは、なおざりにされたままなのです。そもそも、この句がフランス語によって初めて記されたということもあまり知られてはいません。
フランス語の初級文法を習い始めると、すぐにも登場する第1群基本動詞の一つである penserと基本動詞の être――その二つの動詞が直説法現在の一人称単数に活用していて、間に接続詞の donc があるだけ。なんとも単純な構造の文章ですが、しかし、単純なものほど深淵であるというのは、ここでも本当なのです。
デカルトはポワチエ大学の法学士となったあと、「世間という書物」で学ぶために旅に出て、オランダに居を定めて、1637年に3編の科学論文に添えて、その序文として『方法序説』Le Discours de la Méthode を発表します。Discours とは、ここでは論文と言うほどの意味ですが、つまりは Méthode (方法)についての論文。で、何の方法なのかというと、これが学問のための方法なのです。序文には、彼の意図が明確に示されています。「理性をよく導き、諸学において心理を見い出す」ための方法なのです。
さらに、デカルトはこう言い添えています。「婦女子にも理解のできる」生活の言葉で語ろうとしたのだと。この「婦女子にも理解のできる」言葉というのが、つまりはフランス語のことです。それまで学術書はラテン語で書くのが通例であったのが、デカルトはここではフランス語を用いて、フランス語が思想表現の器としても充分な力を有していることを実例をもって示したのです。
『方法序説』第l部は、このような宜言によって始まります。
「良識は、この世でいちばん公平に分け与えられているものである Le bon sens est la chose du monde la mieux partagée.」
良識 bon sensとは、物事を正しく判断できる能力、すなわち理性のことであり、この理性をできるだけ完全に働かせて、そこに「明晰・判明」clair et distinctにうつる事柄だけを真と認めて、一歩一歩着実に進もうとするのがデカルトです.
何が真であるのかを吟味するため、すべてのものを疑った末に、デカルトが発見したのは次のことです。「このようにすべてが偽であると考えている間も、そう考えている私は必然的に何ものかでなければならない」。すなわち思考する自己の存在だけは疑い得ない確かなものであることを発見して、彼はこう述べるのです。「Je pense, donc je suis.私は考える、ゆえに私は存在する」
Je pense こそが Je suis の根拠となるのですが、この Je pense はいろいろ他のものに置き換えることもできるしょう。感覚の解放を発見した18世紀人なら「 Je sens, donc je suis. 私は感じる、ゆえに私は存在する」と言うかもしれませんし、人間の無意識さえも言語的に構造化されていると気づいた20世紀人なら「Je parle, donc je suis. 私は語る、ゆえに私は存在する」と言うかもしれません。
『星の王子さま』に登場する小惑星の住民ならどう言うでしょうか。王様なら「J’ordonne, donc je suis. わしは命令する、よってわしは存在するのじゃ」、呑んべえであれば「Je bois, donc je suis. おれは酒を飲む、だからおれは存在する」、そしてビジネスマンは「Je compte, donc je suis. おれは計算する、したがっておれは存在する」、また点灯夫は「J’allume, donc je suis. 僕は明かりを灯す、それで僕は存在している」……などと、言うことになるでしょう。
で、あなたは何と言いますか? Je , donc je suis. (問い:任意の動詞を直説法現在1人称単数に活用させて下線部に書き入れなさい)