名句の花束

名句の花束―フランス文学の庭から(18)

« Mon Nara » No 247, 2011年11- 12月号 掲載

名句の花束―フランス文学の庭から(18)

三野博司(副会長)

L’essentiel est de bien faire son métier
いちばんたいせつなことは自分の務めを果たすことだ (2)
(カミュ『ペスト』1947年)

「名句の花束」(2)および(3)において紹介した『シーシュポスの神話』は、「幸福なシーシュポスを思い描かねばならない」という句によって結ばれていました。しかし、たとえシーシュポスがみずからの反抗を通じて幸福を獲得したとしても、それは彼ひとりだけのものであり、孤独な幸福にとどまっています。『ペスト』において、カミュはそこから一歩を踏み出すのです。1942年、ナチス・ドイツ占領下のパリで『異邦人』と『シーシュポスの神話』が刊行され、29歳のカミュは一躍文壇に名が知られるようになりますが、このとき、彼はすでにペストを主題とした小説の構想をあたためていたのです。
その3年後、レジスタンスの体験を経て、1945年に発表された『反抗に関する考察』において、カミュは、反抗の動きは個人的運命を越え人間の連帯へと達するものであり、そのとき「これまで、たったひとりの人間が感じていた悪が集団的ペストとなる」と書いています。やがて完成される小説のなかに、集団的ペストとなった悪にたいする堅忍不抜の反抗と、この反抗を通じて獲得された人間の連帯が描かれることになります。
一九四六年八月、『ペスト』が完成し、翌四七年六月に刊行されるとベストセラーとなり、批評家賞を受賞しました。この病疫に襲われた町の物語において、構想段階からペストは戦争のアレゴリとしてあらわれていました。ナチズムは当時「褐色のペスト peste brune」と呼ばれていたのです。のちにカミュ自身が、この物語は「ナチズムにたいするヨーロッパの抵抗の闘いを明白な内容としている」と述べています。だが、それだけではありません。これはあらゆる専制政治に対するレジスタンスの物語であり、人間を襲うすべての災禍と悪に対する不撓不屈の闘争の物語なのです。
『ペスト』が提示しているのは、平時ではなく戦時のモラルです。人類が巨大な災禍と闘うとき、どのようなモラルが可能なのか、その思考実験の作品であるということもできます。そのモラルは、主としてこの物語の語り手でもある医師リユーによって体現されますが、彼自身は、新聞記者ランベール、社会運動家タルー、神父パヌルーといった人物たちとの対話を通じて、自分の立場を確認していくのです。
名句として掲げたのは、全五部から成るこの小説の第一部第四章、アルジェリアの町オランにペストが蔓延しはじめる時期におけるリユーのことばです。これからの困難な闘いにたいする心構えの表明であると言えます。
同じ内容のことばを、リユーはもう一度、第二部第九章において、今度はランベールを前にして言うことになります。この2人の対話では、個人の幸福と集団への責務のどちらが優先されるのかが問われています。オランの町から抜け出してパリの恋人のもとに戻ろうと執拗な試みを続けるランベールは、ヒロイズムを信じないと言います。それに対してリユーは、彼らが力を合わせて、生命の危険を冒してペストと闘うのは、ヒロイズムとは関わりのないことだ応じます。
リユーによれば、「ペストと闘う唯一の方法、それは誠実さ la seule façon de lutter contre la peste, c’est l’honnêteté」であり、彼の場合には「誠実さとは自分の務めを果たすことだ elle consiste à faire mon métier)」と述べるのです。
このあと、ランベールは、町から脱出する手立てを見つけるまで、リユーたちと一緒に保健隊で働くことを申し出ることになります。彼もまた自分の果たすべき務めを発見したのです。