名句の花束

名句の花束―フランス文学の庭から(19)

« Mon Nara » No 248, 2012年1- 2月号 掲載

名句の花束―フランス文学の庭から(19)

三野博司(副会長)

Faites attention aux baobabs !
バオバブに気をつけなさい !
(サン=テグジュペリ『星の王子さま』1943年)

「3・11」以後、震災をめぐって、ヴォルテールとカミュを取り上げましたが、最後にもう一つ『星の王子さま』について書きたいと思います。この物語が震災に直接かかわるというのではありません。しかし、もともと象徴的意味合いの強い作品ですから、作者のメッセージの射程は広く、人間の災厄についての考察にまで及んでいます。
『星の王子さま』公式サイト(http://www.lepetitprince.com/ フランス語版ですが英語版に切り替えも可)では、2011年3月25日、「王子さまは日本のために泣いている」という見出しで、大きな絵と文が掲載されました。王子さまが自分の星の上に立っているおなじみの絵なのですが、ここではその星が赤く塗りつぶされて、日の丸に見えます。そこに付されたメッセージを日本語に訳して紹介しましょう。
「日本と『星の王子さま』とはとても強い絆で結ばれている。30種もの日本語訳があり、もっとも私たちに身近な存在である三野博司をはじめとして多くの研究者が『星の王子さま』やサン=テグジュペリにたいして著作をささげ、箱根には「星の王子さまミュージアム」があり、最近では寄居パーキングエリアに星の王子さまをテーマとした施設が開設された。日本では『星の王子さま』の世界はしばしば宮崎駿の作品世界と比較されるが、彼はガリマール社が刊行した『サン=テグジュペリ、デッサン集成』に序文を寄せている。[……]だからこそ、星の王子さまの友である私たちは、かくも身近なこの国の不幸に心を痛めているのだ」
私はこのサイトの管理者であるシルバン・ルコワントに会ったことがあり、また自分の名前が出されているからには、これに応答すべきだと考えて、感謝の返事を送りました。以下は、4月13日、「星の王子さま」公式サイトに掲載された仏文の日本語訳です。
「はげましのメッセージをありがとう。私たちは王子さまを泣かせてしまった。古来私たちの列島は幾度も自然災害に襲われており、そうした事態は目新しいものではないとはいえ、この災禍はその前例のない規模の大きさで私たちを震撼させるものだ。しかも今回は、人類が産み出し、統御できない核の炎が問題をいっそう困難にしてしまった。『星の王子さま』の作者は、1945年に日本の2つの都市の上空で炸裂した原子爆弾のことは知らなかった。しかし、その2年前、彼は遺書となった書物のなかでこう書いたのだ。<ところで王子さまの星には恐ろしい種があった。それはバオバブの種だった。星の土壌には種がはびこってしまった>。私たちは、自分たちの列島や地球が放射能によって汚染されないことを望みたい。だからこそ、もう一度、王子さまのことばを想起しなければならないのだ。<バオバブに気をつけなさい!>」
バオバブの話は第5章に出てきます。王子さまは語り手にこう言うのです。「たった一本のバオバブでも、手当てが遅れると、もう根絶することはできない。星全体をふさいでしまう。その根で、星に穴をあけてしまう。そして、もし星がとても小さくて、バオバブの数があまりにも多いときには、星を破裂させてしまうんだ」。バオバブによって破裂する星は、もちろん地球を連想させます。サン=テグジュペリは核戦争までを予想したわけではないにしても、第二次大戦中に書かれたこの物語のなかのバオバブは地球的規模の戦争を暗示しているでしょう。このあと、王子さまは、毎日きちんと仕事をして、バオバブの芽を小さいうちに摘み取っておくことがたいせつなんだと語ります。その助言を受けて、語り手はバオバブの絵を描いて、読者である子どもたちに向かってこう呼びかけるのです。「子どもたちよ! バオバブに気をつけなさい! Enfants ! Faites attention aux baobabs !」