名句の花束

名句の花束―フランス文学の庭から(23)

« Mon Nara » No 252, 2012年9 – 10月号 掲載

名句の花束―フランス文学の庭から(23)

三野博司(副会長)

Mon oreille est un coquillage
/ Qui aime le bruit de la mer.
 私の耳は貝のから / 海の響をなつかしむ
(コクトー「カンヌ」1920年)

前々回、アポリネールの詩にうたわれたエッフェル塔について、建設当時の作家・芸術家に嫌われたこの新しい建造物も、20世紀に入って、新精神を標榜する芸術家たちによって歓迎されるようになったと述べました。今回紹介するジャン・コクトー Jean Cocteau (1889-1963) もそのひとりです。彼の絵にもエッフェル塔を軽妙なタッチで描いたものがあります。また、コクトー最初の演劇作品は、『エッフェル塔の花嫁花婿Les Mariés de la tour Eiffel』と題されていて、1921年パリのシャンゼリゼ劇場でスウェーデン舞踊団によって上演された音楽劇です。パリの俯瞰景を背景にして、エッフェル塔の2段目の展望台という設定の舞台で、ファンタジックな結婚式が繰り広げられます。音楽はミヨー、プーランク、オネゲルなど「六人組」のメンバーが担当しています。YouTubeでも、原題で検索すれば、いくつかの演奏を映像付きで見ることができます。
同じ原題 « Les Mariés de la tour Eiffel » をもつシャガールの絵があります。1938年の作で、切手の図柄にもなっている人気作ですが、こちらは訳語が一定せず『エッフェル塔と新婚夫婦(新郎新婦)(恋人たち)』などと訳されているようです。
コクトーとエッフェル塔との縁は深く、塔が建設されたのと同じ年、1889年、彼はパリ郊外の高級住宅地メゾン・ラフィットに生まれました。今日でもしゃれたレストランがある町です。74年の生涯を通じて、彼は、詩、小説、演劇、映画、絵画 の分野で軽妙で多彩な活動を展開しましたが、本質的に自分は詩人であると定義していました。
1919年、コクトーは第一詩集『喜望峰』を発表し視覚の冒険に挑んだあと、その翌年、1920年に短詩をあつめて『ポエジー』と題して刊行しました。感覚的レトリックを駆使して、旅や海辺の詩が多く含まれています。「カンヌ」もそのひとつで、六篇の短詩から成りますが、名句としてとりあげたのは、わずか2行の第5詩です。
Mon oreille est un coquillage/Qui aime le bruit de la mer.
私の耳は貝のから/海の響をなつかしむ
かつてとある仕事で月ごとに東京へ通い、夕方からは暇があればNHKホールのコンサートを聴きに行くという生活を送っていたころ、ホールのロビーにはこのコクトーの句が刻まれた波模様と巻貝を描いた大きなパネルが掲げられていました。海の響きを聴き取ろうとする巻き貝のような耳が音楽に聴き入る耳を連想させるために、この句が選ばれたのでしょうか。
コクトーの詩集『ポエジー』は、彼の伝記などでもほとんど扱われることのないマイナーな作品です。またフランスの引用句辞典Dictionnaire des citationsをひもといても、コクトーのこの詩句は掲載されていません。つまり、日本だけで知られている句のようですが、有名になったのは、堀口大學の訳詩集『月下の一群』で紹介されてからです。
1925年9月、それまで10年間にわたって作られた訳詩のなかから66人の詩人、340篇の詩を選んで編まれたのが『月下の一群』です。「ジャン・コクトオ」と堀口大學は表記していますが、コクトーからは10篇が選ばれ、「耳」という表題でこの2行詩が掲載されています。しかし、この題は原文にはありません。原詩は「カンヌ」という詩で、1から6までの数字が付された短詩からなり、5のところに題名もなくわずか2行のこの詩が掲げられています。aimeを「なつかしむ」と訳すことで、時間のへだたりが表現され、貝殻が夏の思い出となって余韻を残します。なお、耳と貝の結びつきは、コクトーの他の詩にも見られるものです。
おなじく『月下の一群』の大學訳で親しまれるようになったコクトーの「シャボン玉」をあげておきましょう。これも短いです。
シャボン玉のなかへは/庭は這入れません/まはりをくるくる廻つてゐます
Dans la bulle de savon / le jardin n’entre pas. / Il glisse autour.