名句の花束

名句の花束―フランス文学の庭から(31)

« Mon Nara » No 260, 2014年1-2月号 掲載

名句の花束―フランス文学の庭から(31)

三野博司(副会長)

天に向かって伸びていく谷間の百合
LE LYS DE CETTE VALÉE où elle croissait pour le ciel
(バルザック『谷間の百合』1836年)

脇道に逸れてばかりいますが、今回からは、ふたたび恋愛を巡る名句を紹介する……という本来の趣旨に戻ることにしましょう。
「花咲く乙女たち」という西条八十作詞の歌が、そのむかしありました。もとはといえば、プルースト『失われた時を求めて』の第2編『花咲く乙女たちのかげに』からヒントを得て創られたようですが、この歌のなかでは、街で見かける女性たちを花々に例えています。カトレアのように派手で、鈴蘭のように愛らしく、忘れな草のように気弱な目をしていると歌われると、いかにもそれらしく感じられます。女性を花に例えるとすると、若紫、夕顔、末摘花など『源氏物語』の世界も思い浮かびますが、フランス文学のなかであれば、やはり愛する女性を谷間に咲く清らかな白百合に見立てた『谷間の百合』でしょうか。
作者はオノレ・ド・バルザック Honoré de Balzac(l799−l850)。1799年トゥールに生れました。私の若い頃には、この地域はフランスでもっとも美しいフランス語が話されているといわれて、トゥールの外国人向けフランス語学校が人気でした。私もひと夏をトゥールで過ごしたことがあります。ただ、この街は第二次大戦の戦火で町の中心部が焼けてしまい、バルザックの生家は残っていません。その代わり、トゥール滞在中に、バルザックの短編小説『ざくろ屋敷』の舞台となった館を友人と訪れることができました。『バルザックとこだわりフランス』(2003年、恒星出版)という本があります。バルザックの作品とその舞台となった町や地域を、地図や写真を交えて紹介する便利なものですが、主として関西在住のバルザック研究者たちによるものなので、友人たちが執筆しています。「ざくろ屋敷」訪問記のなかには、私も同行者として登場します。ロワール河畔に立つざくろ屋敷は小さな建物でした。現在も住居として使われていて中には入れず、外から眺めただけですが、その所有者であるご主人の豪壮な館に招かれて、天井の高い広々とした応接間に通され、お茶とビスケットの歓待を受けたことを覚えています。
「画ニメ ざくろ屋敷」(深田晃司監督、2006年)というDVDがあります。画ニメというのは、細密なテンペラ画で書かれたアニメというようなもので、通常のアニメにはない重厚な雰囲気が伝わってきます。「病に侵された美しい母、何も知らずに遊ぶ2人の子供、今なおフランスの田舎に実在するざくろ屋敷での幸福な生活、少年は大人への階段をのぼろうとしていた」と物語は紹介されています。
また脇道に逸れましたが、バルザックの伝記に戻りましょう。彼は母親から愛されない不幸な少年時代を過ごしたと言われており、そのことがのちに「谷間の百合」のモデルである年上の女性への思慕となったようです。パリに出て、大学で法律を学ぶかたわら、法律事務所に書記見習いに入りますが、次第に文学に興味を持ち始め、やがてこの道で立つことを宣言します。種々の筆名を使って暗黒小説ばりの通俗小説を書いたりして、修業時代は長く続きます。
そんな彼に、「谷間の百合」との劇的な出会いが待っていました。23歳のときに生じた、22歳も年上のベルニー夫人との恋です。この初恋の女性は、10年ものあいだ、バルザックの天才を信じて、まだ無名であった彼を教育し励まし、「愛人」であると同時に「母親」代わりともなって、物心両面から彼を支え続けたのです。(以下次号)