名句の花束

名句の花束―フランス文学の庭から(33)

« Mon Nara » No 262, 2014年5-6月号 掲載

名句の花束―フランス文学の庭から(33)

三野博司(会長)

Quand on voulut le détacher…, il tomba en poussière.
引き離そうとすると白骨は粉々に砕けてしまった(1)
(ユゴー『ノートル・ダム・ド・パリ』1932年)

大学の同僚で奈良日仏協会会員である高岡尚子さんの編集により、『恋をする、とはどういうことか?』(ひつじ書房)が刊行されました。タイトルを見ただけで、昔の甘酸っぱい思い出がよみがえってくる人もいるかもしれませんが、副題には「ジェンダーから考える ことばと文学」とあります。じつは、この本は「ジェンダー言語文化学」の授業で用いる教科書として作られたものなのです。
高岡さん執筆によるジェンダー学入門というべき第1部「ジェンダーについて考える」は、まさに簡潔にして要を得た教科書として書かれており、参考文献もたっぷりと紹介されています。それを受けて、第2部では、日中米仏独、それぞれの文学の担当者が寄稿し、かなり自由なスタイルで、ジェンダー学的視点から「恋」を語っています。
私が書いた章は「美女と野獣 騎士と精霊」と表題があり、「恋をするのは人間同士とは限らない。物語の世界では、人間と人間ならぬ異形の生き物との恋もまたうまれる」とはじまります。人間界の恋を語るのは他の人たちにまかせて、私のほうでは異類婚、あるいはそれに類する物語ばかりを取り上げました。それらを大きくふたつにわけて、ひとつは「人間である女性と醜い獣とのあいだの恋」すなわち「美女と野獣」、もうひとつは「人間である男性と美しい女性に変身した自然の霊とのあいだの恋」すなわち「騎士と精霊」の主題のもとにまとめています。古代ローマのアプレイウスに始まり、アンデルセンやグリムの童話、フーケーやムゼーウスのドイツ文学やキーツの英詩、谷崎潤一郎や木下順二、ドボルザークやドビュッシーのオペラ、さらには宮崎アニメやディズニーアニメにも軽く言及していますが、なかでももっとも多く取り上げたのはやはりフランス文学です。
「美女と野獣」の中心はコクトー『美女と野獣』であり、「騎士と精霊」のほうはジロドゥー『オンディーヌ』ですが、この二作品はすでに「名句の花束」で取り上げました。今回は、その他の作品から名句を引きましょう。まずは、ヴィクトル・ユゴーの『ノートルダム・ド・パリ』から。
わが国では、ディズニーアニメ『ノートルダムの鐘』(1996年)の原作といったほうがわかりやすいのかもしれません。アニメでは、教会の高みからパリを俯瞰する絵がきれいですが、物語は子ども向きに大幅に改変されています。
他方で、1998年には、フランス版ミュージカルがパリで上演されました。大ヒットして、世界的にも高く評価されました。アジア各国で喝采をあびたあと、2013年にようやく日本にもやってきましたが、残念なことにフランス語ではなく英語による上演だったようです。原語版DVDは輸入盤で入手できます。Youtubeでも見ることができます。
このミュージカルの音楽を担当したのは、Richard Coccianteリシャール・コッシアンテで、2002年にはミュージカル『星の王子さまLe Petit Prince』 の音楽も担当しています。こちらのDVDは、パリにあるサン=テグジュペリ権利継承者事務所にオリビエ・ダゲ氏をたずねていったときに、彼からもらったものです。よくできたミュージカルだと思いますが、日本には紹介されていません。というわけで『星の王子さま』から先にコッシアンテの音楽になじんだ耳にとっては、『ノートル・ダム・ド・パリ』の音楽は聞き慣れたものに感じられます。(以下次号)