名句の花束

名句の花束ーフランス文学の庭から(42)

« Mon Nara » No 272, 2015年11-12月号 掲載

フランス文学の庭から(42)—名句の花束

 三野博司(会長)

 C’est à vous d’en sortir.  出ていくのはおまえだ。(1)

(モリエール『タルチュフ』1664 年)

 

この3月で奈良女子大学を定年退職し、4月から同大学キャンパス内にある放送大学奈良学習センターに勤務しています。各都道府県にある学習センターの所長は、事務長の補佐を得てセンターの管理運営を請け負いますが、同時に放送大学特任教授でもあるので、管理職と研究職を兼ねています。研究のほうはこれまでと変わりませんが、所長の仕事は、大学での文学部長の仕事などとはずいぶん違うという感じでした。が、それも半年で慣れました。

強く実感したのは、奈良には勉強熱心な高齢者の人が多い、ということです。実際、奈良学習センターに所属している学生の年齢分布では、65歳以上の割合が全国平均を上回っています。そして、学習センターの周辺人口を調査してみると、奈良では10万人以上の都市はわずか4市(奈良市、橿原市、生駒市、大和郡山市)しかありませんが、これよりはるかに大きな人口の都市を多く抱えるセンターは全国にいくらもあります。ところが、奈良学習センターの学生数は、地域人口比から見るとかなり高率です。競合する文化教室などが少ないとか、奈良には遊ぶところがないので勉強するしかないとか、いろいろ理由は考えられるかもしれませんが、やはり奈良の人は勉強熱心で、生涯学習熱が高いのだろうと思います。

奈良学習センターでは、「フランス文学の名作を楽しむ」と題した「所長ゼミ」を月に一回を開いています。「名句の花束」のゼミ版みたいなものですが、 Mon Naraの読者は大半がフランス通の人たちであるのに対して、このゼミの受講生のほうは、これまでフランスにも、文学にも縁がなかったけれど、とにかくさまざまな新しいことを学びたいという学習意欲を持つ人たちが多いです。4月に着任して、5月が第一回目の所長ゼミでした。モリエールの『タルチュフ』を取り上げましたが、理由は単純で、大学で担当していたフランス文学史の講義において、やはり毎年4月にモリエールから始めていたからです。劇作家とその時代について簡単に解説したあと、『タルチュフ』のあらすじを話して、コメディー・フランセーズの舞台(日本語字幕付き)を見せました。

まったく偶然の一致なのですが、1月のフランス・アラカルトで、奈良女子大学名誉教授の山本邦彦先生が『タルチュフ』について講演されることになりました。芝居を語れば余人の追随を許さない専門家の奥深い話をぜひお聞きください。というわけで、ここでは簡単に名句を解説するにとどめます。「名句の花束」第13回(2011年1-2月号)でラシーヌを取り上げたとき、彼がモリエール一座の名花であった女優マルキーズ・デュ・パルクを引き抜いて自作『アンドロマック』(1667年)に抜擢したため、モリエールの恨みを買ったことに触れました。その3年前の1664年、当時国王ルイ14世はヴェルサイユ宮殿建設中でしたが、その一部完成を祝う大祭典「極楽島の歓楽」の6日目の出し物として『タルチュフ』が上演されたのです。

修辞学でantonomaseと呼ばれている技法があります。「換称」あるいは「代称」と訳されていますが、固有名詞を普通名詞として使う、あるいはその逆の方法です。たとえば、ラスチニャック(バルザック『ゴリオ爺さん』などの登場人物)といえば「野心家」を意味し、コゼット(ユゴー『レ・ミゼラブル』のヒロイン)といえば不幸な女の子を指します。いくつもの「典型」を生み出したモリエールの戯曲では、アルパゴンと言えば「吝嗇家」、ドン・ジュアンといえば「猟色家」ですが、なんといっても有名なのはタルチュフ=「偽善者」でしょう。だまされるオルゴンは確かに愚かで滑稽に見えますが、他方でタルチュフの徹底した偽善者ぶりは、これだけみごとならだまされるのもむべなるかな、と思わせるほどです。(以下次号)