名句の花束

名句の花束ーフランス文学の庭から(52)

« Mon Nara » No 282、2017年7-8月号 掲載

フランス文学の庭から(52)

名句の花束

三野博司(会長)

豪奢、静けさ、逸楽

Luxe, calme et volupté

(ボードレール『悪の華』1861年)

ドビュッシーに詳しいというわけでは毛頭ないのですが、フランス音楽ならやはりこの作曲家を抜きにしては語れないし、また2011年9月奈良日仏協会のシネ・クラブで『ペレアスとメリザンド』(ブーレーズ指揮、ウェールズ・ナショナル・オペラ)を取り上げたとき解説めいたものを引き受けた経緯もあり、奈良日仏協会理事の藤村久美子さんのピアノ演奏に三野が少し話を添えて、ドビュッシーの演奏会をやろうという企画が3年前からありました。

それが思わぬ形で発展して、今秋の11月23日、宇陀市において、Foyer Vert開設25周年記念コンサート「詩と音楽のマリアージュ――フランス歌曲の午後」を開催することになりました。藤村さんと三野に、バリトン歌手の水谷雅男さんが加わって、ボードレールとヴェルレーヌの詩に、デュパルク、フォーレ、ドビュッシーが作曲した歌曲(Mélodie)を取り上げます。

というわけで、その企画とも「コラボ」して、今回はシャルル・ボードレール(Charles Baudelaire, 1821-1867)です。パリに生まれ、生涯をパリで過ごした生粋の都会っ子です。1827年、6歳のときに父が亡くなり、母親が再婚しますが、この継父との葛藤が生涯続くことになります。1857年、彼は長年彫琢を重ねてきた詩篇をまとめて詩集として刊行し、これに『悪の華』と表題をつけました。世のなかで悪と見なされているもののなかに潜む華、すなわち美をうたい上げたのです。これを読んだユゴーは、1859年10月6日の手紙で、「君は新しい旋律を創造したVous créez un frisson nouveau」と讃えます。ただナポレオン三世が治める第二帝政下で、出版物の検閲がきびしい時代でした。この詩集は、「風俗壊乱」の廉で起訴され、罰金刑を課され6篇の詩の削除を命じられます。

そこで、ボードレールは、1861年、6篇を削る代わりに、新たな詩篇を追加して、増補第2版、129篇の詩を刊行します。全6部から成りますが、7割近い詩が第1部「憂鬱と理想」に含まれます。「憂鬱」とは、経済的窮乏、恋の苦悩、肉体の衰え、老いと死への恐怖などですが、他方で「理想」は純潔と美へのあこがれです。そして、この「理想」をうたった数多くはない詩の一つが、「旅への誘い(いざない) L’Invitation au voyage」です。

これはまた、ボードレールの詩で、早い時期に歌曲となったものの一つでもあり、1870年、デュパルクがみごとな曲をつけたことで知られています。原詩のほうは、3つの詩節からなり、1詩節が12行、そのあとに詩人の夢見る楽園が簡潔に要約された2行のリフレインが続きます。

Là, tout n’est qu’ordre et beauté,      彼処では、すべてがただ秩序と美しさ、

Luxe, calme et volupté.        豪奢、静けさ、そして逸楽。

この5語のうち、初めのordre et beauté の訳語はだれが訳してもあまり変わりませんが、あとのLuxe, calme et volupté. のほうは、「奢侈、静寂、そして快楽」「壮麗、静謐、そして欲望」など、いろいろあります。そして、これをタイトルにした絵画を残したのが、アンリ・マティス (1869-1954)です。Luxe, calme et volupté (図版参照)。ボードレールの詩から半世紀近くを経て、1904年、マチスが南仏のサン=トロペでひと夏を過ごした後に描かれました。ここで彼は、シニャックが当時主張していた点描画法を取り入れています。もっとも、翌年にはマチスはこの技法から離れます。1905年はフォーヴィスム誕生の年であり、彼はその開拓者となっていくのです。そして、マチス特有の楽園風景を描いたこの絵では、点描画法によりコート・ダジュールのまばゆい陽光が強烈に表現されています。では、ボードレールが夢見た楽園もそうなのでしょうか、それについては次回に。