名句の花束

名句の花束ーフランス文学の庭から(55)

フランス文学の庭から(55)

« Mon Nara » No 285、2018年1-2月号 掲載

名句の花束

三野博司(会長)

Le ciel est, par-dessus le toit

屋根の上なる大空は

(ヴェルレーヌ『叡智』1881年)

1869年、ヴェルレーヌは、10歳年少のマチルド(16歳)と婚約し、翌8月に結婚します。この幸せな婚約時代を反映する詩集が、70年に発表された『よき歌La Bonne chanson』ですが、平穏は長くは続きませんでした。

ヴェルレーヌがパリ、モンマルトルにあるモーテ家に住んでいた187l年9月、そこへやってきてこの幸福な新婚生活を破壊したのがランボーです。ヴェルレーヌは、この美少年に魅了され、一緒に外出、深夜帰宅の生活を繰り返し、醜聞を引き起こすことになります。やがて、二人は放浪の旅に出て、ベルギーで喧嘩し、ヴェルレーヌがランボーに発砲するに至ります。ランボーは手にけがをして、二人の仲は終わり、マチルドも離婚を要求します。これが文学史上に名高い、ランボーとヴェルレーヌの愛情と破綻の顛末です。

この時期、モーテ家におけるランボーとドビュッシーの「ニアミス」というものがあります。つまりかなり接近したけれども、相まみえることはなかったというものです。ヴェルレーヌの妻マチルドの母は、ピアノ教師でした。ランボーがモーテの家にやってきた一か月後、今度は、母親に伴われた10歳の少年がこの家にやってきます。のちの作曲家ドビュッシーであり、彼はモーテ夫人にピアノを習うため、この家に一年間通うことになりました。

ランボーとの関係が破綻したヴェルレーヌは、そのあと2年間の牢獄生活を送りますが、1875年に出獄し、81年には詩集『叡知』が刊行されます。そのなかに標題のない「屋根の上なる大空は」で始まる詩があります。

« Le ciel est, par-dessus le toit, / Si bleu, si calme ! /Un arbre, par-dessus le toit, / Berce sa palme. »   (屋根の上の大空は/青く、静かだ。/屋根の上の棕櫚の樹は/枝を揺すっている)

詩人が独房の小窓から外の景色を眺めています。見えるのは青空、樹木、小鳥、そして聞こえるのは鐘の音。それらは、今の自分にとって、近づくことのできない自由な生活を意味しています。いったいどうしてこんなことになったのかという嘆きで終わる詩です。

この詩に、1894年、フォーレは「牢獄」と題して作曲しました。4つの詩節のうち、第2詩節までは4分の3拍子で、メランコリックな旋律が続きますが、後半の第3詩節「あはれ、彼方よ 人の世は/静かに、清く。Mon Dieu, mon Dieu, la vie est là / Simple et tranquille.」

からは、音楽はドラマチックなフォルテに転じて高揚し、そのあと最後は深い悲しみを表すように弱音で終わります。

もう20年も前のことですが、奈良女子大学の私の研究室にたずねてきた女性がいました。音大を出て、フランス歌曲の歌手として活動しているとのことでした。これまで音楽の勉強ばかりしてきたので、文学の勉強をしたい、できれば奈良女子大学に編入学したいとのことでした。そのときに彼女は、このヴェルレーヌの詩のことを語りました。フォーレによって作曲されたこの歌を練習した。でも、詩を読んで、奇妙な歌詞だなあと思った。空ばかり見上げている。あとで、これが獄中で作られた詩だと知って、納得した。そのとき、歌だけではだめだ、文学の勉強もしなければならないと感じたと言うのです。

ヴェルレーヌが没したのは、パリのパンテオンのうしろにある建物で、現在は一階がレストランになっており、手ごろな価格なので、かつて学生たちを連れて行き、食事をしたことがあります。恩師のヴィアラネ―先生のアパルトマンもすぐ近く、奥様が亡くなられたあと一人暮らしの先生を何度か訪問しました。