名句の花束

名句の花束ーフランス文学の庭から(46)

« Mon Nara » No 276, 2016年7-8月号 掲載

名句の花束-フランス文学の庭から(46)

 三野博司(会長)

 

Tout finit par des chansons. (1)

ものみな歌で終わる

(ボーマルシェ『フィガロの結婚』 1780年)

 

オペラ台本の素材を提供した戯曲作家といえば、なんといってもシェイクスピアが筆頭でしょう。若き日のヴェルディが若々しい力あふれるオペラに仕立てあげた『マクベス』、そして晩年の円熟を示す名作『オテロ』と、『ウィンザーの陽気な女房たち』をもとにした『ファルスタッフ』。これだけで3作ですが、さらに他の作曲家たちの手になる『ハムレット』『真夏の夜の夢』『ロメオとジュリエット』もあります。断然第一位ですが、このシェイクスピアに次ぐのは、18世紀フランスのボーマルシェではないでしょうか。彼は人気オペラ作品『セビリアの理髪師』と『フィガロの結婚』の原作者なのです。フィガロ三部作のうち、最後の『罪ある母』は凡作と見なされていますが、前2作は戯曲として成功しただけでなく、オペラ化されて不滅の名声を獲得したといえるでしょう。

この2作のオペラについては、私も映像で見る以外に、パリで何度か実際の舞台に接したことがあります。だが、そこはストライキ好きなフランス人のこと、オペラとて例外ではありません。オーケストラ楽員や合唱団メンバーのストライキではなく、道具方のストだったのがまだしも幸いだったといえるのかもしれません。歌手は衣装をつけて登場し、かんたんな小道具もあるのですが、舞台装置や大道具がありません。なんとも味気ないですが、歌や演奏さえよければそれでもいいとも言えます。むかしはLPレコードで音楽だけを聞いていたわけですから。

映画監督でもあるコリーヌ・セロー演出の『セビリアの理髪師』は、パリで2002年から2012年までたびたび上演されました。2002年にこの初演を見ました。趣向を凝らした楽しい舞台でしたが、数年後に再び見たときは、ストライキのため舞台装置がありませんでした。前回の記憶を必死で想起しながら、殺風景な舞台を想像力で補いました。他方で、『フィガロの結婚』は、1970年代からパリ・オペラ座でジョルジュ・ストレーレル演出による伝統的な舞台を再演し続けています。18世紀の雰囲気あふれる洗練された名演出ですが、これも2回目はストライキに出くわしました。このときも、前回の記憶が頼りでした。他の演目では、パリ・オペラ座のストライキに遭遇したことはありません。なぜこの2作なのか。主人公であるフィガロの反骨精神がストライキを誘発したのかと思ってしまいます。

舞台で機略縦横の活躍を見せるフィガロは、波瀾万丈の生涯を送ったボーマルシェ自身の姿だと言われています。先に書かれたのは『セビリアの理髪師』で、1775年です。大当たりを取ったので続編『フィガロの結婚』が書かれ、1780年に完成したものの上演許可がおりず、初演は1784年でした。このパリでの評判を聞きつけたダ・ポンテがイタリア語の台本を書き、モーツアルトが作曲して、早くも1786年にはウィーンで上演されました。登場人物名もイタリア語化され、原作のシュザンヌがオペラではスザンナ、シェリバンがケルビーノといった具合です。全編これ名曲といえますが、「手紙の二重唱」の美しさは比類がありません。

他方で、『セビリアの理髪師』のほうは、19世紀に入ってから、1816年、ロッシーニ作曲によってオペラになりました。多作であったロッシーニのオペラは、いまでは世界中で上演されていますが、その再評価が始まる1970年前後までは、『セビリアの理髪師』が唯一の代表作でした。お涙頂戴ものが多いイタリアオペラの中では、少数派の明朗喜劇です。メゾ・ソプラノが主役になるオペラは数少なく、『カルメン』と『サムソンとデリダ』が代表的な作品ですが、『セビリアの理髪師』は、同じロッシーニの『チェネレントラ』と並んで、ヒロインはメゾ・ソプラノです。ロジーナが歌うカヴァティーナ「ある声が今しがた」がやはり耳に残ります。(以下次号)