名句の花束

名句の花束ーフランス文学の庭から (48)

« Mon Nara » No 278, 2016年11-12月号 掲載

フランス文学の庭から(48)

名句の花束

三野博司(会長)

Carmen sera toujours libre. (1)

カルメンはいつだって自由なのさ。

(プロスペル・メリメ『カルメン』1845年)

 

前回はボーマルシェを取り上げ、その二つの戯曲がオペラ化されて広く知られるようになったと述べました。同様の例として、すでに『名句の花束』第38・39回で、ベルギーの作家メーテルランクの『ペレアスとメリザンド』を紹介しています。これらのように、戯曲をオペラとして上演するにあたっては、翻案に際しての改変は比較的小規模なものにとどまります。他方で、小説のオペラ化となると、作品の構成、とりわけ語りの構造の大きな変更が必要になる場合が多いようです。

オペラ化されたフランスの小説で、一番にあげるべきはやはり『カルメン』でしょう。メリメの原作は1845年に発表されました。小説を書くと同時に考古学者・言語学者・史跡監督官でもあった彼の『カルメン』には、作者の体験が裏打ちされています。4つの章に分かれ、まず第1章では、作者の分身とおぼしきフランス人の考古学者が語り手として登場し、その旅物語が始まります。彼はスペインのアンダルシア地方で調査中、怪しげな男ドン・ホセに出会います。続く第2章で、語り手はボヘミアンの女カルメンと遭遇し、彼女に同行して入った部屋でドン・ホセに再会します。その後数か月が経過して、彼はまたもや、今度は囚人となったドン・ホセに面会するのですが、実はこの2度目と3度目の出会いのあいだに、ホセはカルメンを殺しているのです。ホセは自分の悲しい生涯を語りはじめます。続く第3章全体が、ホセが語る数奇な体験の詳細です。このあと、さらに第4章が付加され、語り手がジプシーに関して学者としての蘊蓄を披露します。

ビゼーのオペラは、第3章のホセの物語に基づいていますが、これは小説全体の5割ほどでしかありません。台本作者はオペラ化にあたって大きな伐採を行い、物語の核心部分だけを取り出して、奔放で淫蕩なジプシー女のドラマチックな物語に仕立てあげたのです。そうした要素はもちろん原作にも含まれていたわけですが、メリメの学究的な態度と、抑制された筆致によって、この作品はむしろ古典的ともいえる端正な姿を呈していました。オペラは、そのなかから、強烈な個性をもった不滅のヒロインを引き出したといえるでしょう。

この第3章では、ホセが語り手であり、すべてが彼の視点から語られます。彼は命令に従う兵士であり、カルメンを逮捕しなければなりません。彼はまた家族の秩序に従う息子であり、母や婚約者がいます。さらに彼は19世紀の祉会において男性としてふるまうことを要求されます。しかし、カルメンによって魅惑され、その魔力にとらえられたホセは、こうした社会的秩序から転落していくのです。カルメンは、彼の男性としての優越性を奪い、力関係を転覆させ、相手を懇願する存在へと至らしめます。ホセは、密輸の仕事仲間に加わり、人殺しに手を汚し、ついには嫉妬の果てに山中でカルメンを殺害するに及ぶのです。

ドラマの観点から統一性を与えているのは円環構造です。投げる行為で始まり、同じ動作で終わります。カルメンがアカシアの花を投げてホセを誘惑し、これが彼の転落の始まりとなります。そして、最後はカルメンが、むかしホセからもらった指輪を投げ捨て、相手の怒りを誘います。彼女は、相手を挑発して、自分を殺すようにと導くのです。この二つの場面はメリメの原作にもあるのですが、オペラではとりわけこの投げる動作が強調されて効果をあげています。ここでは、カルメンが初めから終わりまで指導権をもち、ホセを挑発し続けます。しかし、そのカルメンにも自由な選択が許されているわけではありません。死の宿命が彼女を支配しているのです。彼女は何度かカルタ占いを行って、こう言います。「あんたがいつかあたしを殺すことはわかっている。死が待っていることは知っているよ」。こうして、逃れられない悲劇へと向かって二人は突き進んでいきます。