名句の花束

名句の花束ーフランス文学の庭から (49)

« Mon Nara » No 279, 2017年1-2月号 掲載

フランス文学の庭から(49)

名句の花束

三野博司(会長)

 

Carmen sera toujours libre.(2)

カルメンはいつだって自由なのさ。

(プロスペル・メリメ『カルメン』1845年)

 

ビゼーの『カルメン』は、メリメの小説発表から30年後、1875年、オペラ・コミック座で上演されました。これは転換の年でもありました。このときからオペラ・コミックのレパートリーが拡大します。パリ・コミューンで焼失したパリにある別の劇場、テアートル・リリックのレパートリーを取り込んでいくのです。

オペラ化にあたって、原作の小説に台本作者がほどこした改変に注目する必要があります。悲劇的な枠組みを保持しながら、オペラ・コミックの伝統を尊重するため、ミカエラが付け加えられました。このミカエラ、どんな演出家の手になる舞台で見ても、服装はいつも青いスカートで、おさげ髪なのです。それもそのはず、メリメの原作では「青いスカートをはいて肩のうえに編んだおさげ髪をたらした娘」とだけあり、名もない娘です。このわずか一行にも足らない記述から、台本作家は、外見だけは原作に忠実に、ホセを恋い慕うミカエラという少女像を生み出し、彼女に大きな役割を与えました。それに、カルメンがメゾ・ソプラノの奔放自在な女性ですから、これと対照的な清純派のソプラノを配するのは当然でもあるでしょう。

またドン・ホセのテノールに対して、やはりバランスを取るべくバリトンが必要です。原作では最後に少し登場するだけの闘牛士ですが、これがオペラではエスカミーリョとなって、ホセの対抗馬として重要な役割を担うことになります。

ビゼーの音楽は、だれもがそのメロディやリズムが自然と頭のなかに湧き上がってくるほど有名なものになっています。作曲家は、スペイン音楽を取り入れ様式化しただけでなく、運命を表わすモティーフによってドラマに深い統一性を与えています。開幕からあらわれる死のモティーフがところどころで繰り返されて、最後のカルメンの死の場面で最高潮に達します。オペラの幕切れは悲劇です。これはオペラ・コミックとしては異例のことでした。

名句として掲げたのは、カルメンがホセに殺されることを受け入れる場面のセリフです。

Comme mon rom, tu as le droit de tuer ta romi, mais Carmen sera toujours libre. Calli elle est né, calli elle mourra.

あんた、あたしのロム(亭主)だもの、自分のロミ(女房)を殺す権利はあるよ、だけどカルメンはいつだって自由なのさ。カリ(ジプシー)に生まれついた女なんだ、カリ(ジプシー)のまんま死んでってやるよ。

最後までジプシーとしてのアイデンティティを守り、自由であろうとする彼女の生き方がここに集約されています。フランス文学にあらわれるジプシーは、すでに「名句の花束」第33~35回でとりあげたユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』のヒロイン、エスメラルダがいます。ただ、彼女の場合は、実は赤子のときにジプシーにさらわれて育てられた娘であったという落ちがついています。

カルメンというのは、マリアと並んでスペイン人に多い名前のようです。かつてクレルモン=フェラン大学の博士課程に籍をおいていたとき、同時に外国人向けの語学学校の講座にも短期間出席していました。さまざまな国から来た若者たちと出会いましたが、そのなかにカルメンがいました。オペラのヒロインのイメージが強烈だったので、名前から連想する印象とはまるで違っていて、はじめは少しとまどいました。聡明で落ち着いた性格の女子学生でした。ただし、フランス語を話すとき、スペイン語式を持ち込む癖がありました。母音にはさまれたsを「ス」と発音するのです。彼女が話すとき、Vous avezも、Vous savezも同じく「ヴサヴェ」となるので、区別がつかず面食らいました。