名句の花束

名句の花束-フランス文学の庭から(41)

« Mon Nara » No 271, 2015年9-10月号 掲載
名句の花束-フランス文学の庭から(41)

三野博司(会長)

― étroite à n’y pouvoir marcher deux de front
二人並んでは通れないくらい狭いのです(2)
(ジッド『狭き門』1909年)

15歳のころからジッドは従姉マドレーヌ・ロンドーを愛していました。22歳のときに発表した処女作『アンドレ・ワルテルの手記』に語られたエマニュエルヘの愛は、そのままマドレーヌヘの愛の言葉でした。それは肉欲とは無縁な、神秘的なまでに純粋な愛の物語なのです。そのマドレーヌと結婚したあと、2年前に強烈な太陽のもとで生命の蘇生を感じたアルジェリアを、1995年に今度は妻を伴って再訪します。このとき、彼は少年愛のなかにみずからの解放を見いだすことになります。妻となった女性への純化された愛と、北アフリカの少年に対する激しい情欲と、やはりジッドは複雑な人です。
1909年に発表された『狭き門』の題名は、ルカによる福音書第13章24節「力を尽くして狭き門より入れ」に基づいています。作者の分身とみなすことができるジェロームが「私」として語り、彼の目からアリサの言動が描かれ、二人がやりとりした手紙もふんだんに引用されます。アリサは、ジッドの従姉で妻となったマドレーヌがモデルとなっています。彼女はジェロームとの結婚を拒み続け、世俗的な愛の望みを退け、神へ至る道はただ一人しか赴けないと言って、最後は療養所で孤独のうちに死ぬことになります。ジッド自身のプロテスタント心性がアリサに投影され、そのアリサの悲劇を描いて、プロテスタントの精神を批判したといわれています。このあたりも手が込んでいるという感じです。
ジェロームの目にとって、自分を避け続けるアリサの言動は不可解に映りますが、小説の末尾にはアリサの「日記」が置かれ、彼女の心情がいくぶんかは明らかにされます。その日記には表題「狭き門」を連想させる次の一節があります。
La route que vous nous enseignez, Seigneur, est une route étroite ― étroite à n’y pouvoir marcher deux de front. (主よ、あなたが示したまう その道は狭いのです ― 二人並んでは通れないほど狭いのです。)
ここだけを読むと、アリサの物語は、神への愛をまっとうするために地上の愛を断念した聖女の物語になってしまいます。けれども、この小説はそれほど単純に書かれてはいません。アリサをそんな悲劇へ追いやったのは、ジェロームにも責任の一端があるでしょう。ジェローム自身が、いくぶんかはそれに気づいていました。次第に開いていくアリサとの溝がもう取り返しのつかないものになったと思われたとき、彼はこう語るのです。「僕はアリサを徐々に高い場所に祭り上げ、自分好みの附属品で飾り立て、彼女を偶像に仕立てあげたのだが、その作業の結果残ったのは、疲労だけではなかったか?」
確かにアリサにとって不幸だったのは、ジェロームがあまりにも自分を理想化していると感じ、そのイメージに追いつくことができなかったことでしょう。それが彼女には神へと逃げる理由になったともいえます。しかしまた、アリサのような人はどんな状況にあっても幸福になれないようにも思われます。彼女は幸福になることを恐れる心性の持ち主であり、その点で、どんな環境にあってもそこに自分なりの幸福を見出していく妹ジュリエットとは対照的です。ジッドは二人を描きわけて、この小説を「アリサの日記」で終わらせるのでなく、最後はジュリエットのたくましい姿で結んでいます。