シネクラブ

『ラ・ポワント・クールト』La pointe courte

第58回奈良日仏シネクラブ例会
58ème séance du ciné-club de l’Association Franco-Japonaise de Nara

◇日時:2022年10月30日(日)14:00~17:00 le dimanche 30 octobre 2022
    開始時間がいつもより30分遅いのでご注意ください。
◇会場:奈良市西部公民館4階 第1・第2会議室
    Nara Seibu Kominkan 4-kai (3er étage) salle 1, 2
    (près de la gare Kintetsu Gakuenmae)
◇プログラム:『ラ・ポワント・クールト』La pointe courte, 1955, 80min.
       (アニエス・ヴァルダ特集②)
◇監督:アニエス・ヴァルダ Agnès Varda
◇参加費:会員200円、一般300円 
     200 yens pour membres et étudiants, 300 yens pour non-membre
◇問合わせ:Nasai206@gmail.com tel. 090-8538-2300(予約不要)

≪映画紹介≫
アニエス・ヴァルダの長編劇映画デビュー作。故郷南仏セート近郊の漁村に久しぶりに戻ってきた夫とパリから彼についてきた妻、彼らは村を散策しながらふたりの関係を回想する。彼らの話と並行して、セートの漁村に生きる人々の暮らしやセートの町の船祭を背景にした土地の人々の大小様々なドラマがくり広げられる。二つの物語が交替しながら進行するドキュメンタリー風フィクション。モノクロの映像が時代の雰囲気を醸し出す。セートは、ヴァルダ自身が第二次大戦中にベルギーから疎開して子供時代を過ごした土地で、母の故郷でもある。

『落穂拾い』Les Glaneurs et la glaneuse

第57回 奈良日仏シネクラブ例会
57ème séance du ciné-club de l’Association Franco-Japonaise de Nara

◇日時:2022年7月31日(日)14:00~17:00  le dimanche 31 juillet 2022
    開始時間がいつもより30分遅いのでご注意ください。
◇会場:奈良市西部公民館4階第1・第2会議室 
    Nara Seibu Kominkan 4-kai (3er étage) salle 1, 2 (près de la gare Kintetsu Gakuenmae)
◇プログラム:『落穂拾い』Les Glaneurs et la glaneuse, 2000, 82min.
◇監督:アニエス・ヴァルダ Agnès Varda
◇参加費:会員200円、一般300円 
     200 yens pour membres et étudiants, 300 yens pour non-membre
◇問合わせ:Nasai206@gmail.com   tel. 090-8538-2300(予約不要)

◇監督アニエス・ヴァルダ Agnès Varda (1928~2019):ベルギー生まれ。ギリシャ人の父とフランス人の母を持つ。第2次大戦中、戦火を逃れて南仏セートに家族で疎開。ソルボンヌ大学で文学と心理学、ルーブル学院で美術史、写真映画学校で写真を学ぶ。はじめは写真家として活動するが1954年、映画『ラ・ポワント・クールト』を26歳で自主製作、ヌーヴェルヴァーグに先立つ先駆的な作品として評価される。1962年、のちに『シェルブールの雨傘』の監督で知られるジャック・ドゥミと結婚。子育てしながら精力的に映画を撮り続け、数々の賞を受賞する。2019年2月、60年以上に及ぶ自らの創作を語った『アニエスによるヴァルダ』を携えてベルリン国際映画祭に出席。その直後の3月にパリの自宅で息を引き取る。享年90歳10カ月。

≪映画紹介≫
今から22年前、2000年に公開された作品だが、今日見ても啓発される。オルセー美術館のミレーの絵画『落穂拾い』に描かれた女性たちの、腰をかがめて「拾うglaner」姿勢からヴァルダの連想が広がり、小型カメラを携えて旅に出る。今なお落穂拾いをする人々、機械化された麦やジャガイモの収穫と規格外の作物が廃棄される現実、ブルゴーニュのブドウ畑に摘み残しをとりにくる人、ヴァンデ地方ノワールムーティエの養殖牡蠣の取り残しを持ち帰る人、パリの市場で捨てられた野菜を拾って食べる人、拾ったものを生かして芸術創造をする人、ボランティアで移民にフランス語を教える人…。フランス社会の様々な人々の存在や生き方が映し出される。その過程で、ヴァルダ自身「採集」が自らの存在や芸術創造のあり方の認識を深める契機となっていることに気づく。とりわけ、ミレーの『落穂拾い』に続いて、アラス美術館のジュール・ブルトン『落穂拾いの女』、ボーヌの施療院のファン・デル・ウェイデン『最後の審判』、日本の百貨店の美術展のレンブラントの自画像、ヴィルフランシュ・シュル・ソーヌの美術館のエドワン『嵐を避ける落穂拾い』等、各地での絵画との出会いが、彼女に啓示をもたらしている。

『めぐり逢う朝』Tous les matins du monde

第56回 奈良日仏協会シネクラブ例会
56ème séance du ciné-club de l’Association Franco-Japonaise de Nara

◇日時:2021年2月28日(日)13:30~17:00  le dimanche 28 février 2021
◇会場:生駒市セイセイビル2階206会議室 Ikoma Seiseibiru 1er étage salle 206
◇プログラム:『めぐり逢う朝』Tous les matins du monde, 1991, 115 minutes
◇監督:アラン・コルノー Alain Corneau
◇参加費:会員100円、一般300円 
     100 yens pour membres et étudiants, 300 yens pour non-membre
◇懇親会:中止 Annulation de la réunion amicale
◇問合わせ:Nasai206@gmail.com   tel. 090-8538-2300(予約不要)

≪映画紹介≫
17世紀フランスのバロック時代の音楽家サント=コロンブ(作曲家、ヴィオール演奏者)の人生と、彼に師事して名をなしたマラン・マレとの師弟関係を描いた作品。サント=コロンブは著名な音楽家として名声を博した実在の人物だが、その生涯はほとんど知られていない。物語は彼の音楽を愛する小説家パスカル・キニャールが創造したフィクション。音楽・映像・衣裳・演技・台詞・語りが見事に照応した、アラン・コルノー監督の傑作。音楽と絵画、芸術創造と実人生、演奏家の愛と魂、人間の生の儚さ、愛の残酷さと美しさ、そして世界の神秘……。

アラン・コルノー監督は神秘的な部分を描くのに、谷崎潤一郎の随筆「陰翳礼讃」、溝口健二の映画『雨月物語』と『新平家物語』を参考にしたという。映画の原作者パスカル・キニャールは、ギリシア・ローマから中国・日本の古典に至る古今東西の文学に通じた博覧強記の作家だが、この小説は『今昔物語』を下敷きにしたという。武満徹はこの映画を観た時に「不思議な懐かしさと、親しみを覚えた」と記している。

マラン・マレの役は、青年期は息子のギョーム・ドパルデュー、成人後は父ジェラール・ドパルデューの父子が演じている。37歳で早世してしまったギョーム20歳の時のデビュー作でもあった。

映画を通じて、サント=コロンブが弟子を通じて後世に残したヴィオールの音色に触れ、目に見えないものの存在に想いをはせることができる。音楽家は芸術のために身を投じるのか、人々に聴いてもらうために作品を作るのか、との問いかけもなされている。(淺井直子)

『冬物語』Conte d’hiver

第55回 奈良日仏協会シネクラブ例会
55ème séance du ciné-club de l’Association Franco-Japonaise de Nara

◇日時:2020年10月25日(日)13:30~17:00  le dimanche 25 octobre 2020
◇会場:生駒市セイセイビル2階206会議室 Ikoma Seiseibiru 1er étage salle 206
◇プログラム:『冬物語』Conte d’hiver, 1991, 114 minutes
◇監督:エリック・ロメールEric Rohmer
◇参加費:会員100円、一般300円 
100 yens pour membres et étudiants, 300 yens pour non-membre
◇懇親会:中止
Annulation de la réunion amicale
◇問合わせ:Nasai206@gmail.com tel. 090-8538-2300(予約不要)

≪映画紹介≫
「シリーズ」作品の多いロメールは1990年代に「四季物語」シリーズを構想、その二作目が『冬物語』。フェリシー(シャルロット・ヴェリ)は、夏のブルターニュで出会ったシャルル(フレデリック・ヴァン・デン・ドリーシュ)と情熱的な恋をするが、駅で彼に教えた自宅の住所が誤っていたため、二人は音信普通となってしまう。それから5年後の12月のパリ、フェリシーは5歳の娘エリーズを育てながら、美容院で働く。インテリの男友達ロイックと美容院のオーナーで生活力旺盛なマクサンスの2人の男の愛を受け入れながら、心の中では娘の父のシャルルのことを想い続ける。映画では3人の男性への愛を通じて、幸福を追い求めるフェリシーの気持ちの揺れが、リアルに描かれる。ヌヴェールの大聖堂での啓示、パリで観たシェークスピア劇『冬物語』からの啓示を経て、やがて「奇跡」の瞬間が訪れる。(浅井直子)

『冬物語』は、フェリシーとシャルルの牧歌的な映像、夏の映像とともに始まる。フェリシーの心は以来、その残像に固着したままだが、(美容室の)店の主人マクサンスと関係を持つ。シャルルは、実際、彼女の生涯をかけた恋人、娘のエリーズの父親であり続ける。フェリシーはヌヴェールの大聖堂で啓示を受けると、やはりマクサンスと別れることにする。彼女はロイックのところに戻るが、彼に抱くのは愛情に満ちた友情で、やさしく接してもまともには相手にしていない。彼と一緒に暮らすほどの愛はない。この映画は、フェリシーの迷いの円舞曲であり、公共交通機関の物語でもある。エリック・ロメールは身軽なチームを組んで撮影する。そのためメトロ、列車、バスの中でフェリシーをたやすく追いかけることができる。映画作家ロメールは、自分の映画を、可能な限り現実の反映とするために、さまざまな工夫を行った。冬の感触をだすためにあえて華々しさを避けて撮影している。薄暗い色調が支配的で、衣装や背景に輝きがないのは意図的である。フェリシーがはじめて訪れたときのヌヴェールの町でさえも、人気がなく、まるで死んでいるかのようだ。
Conte d’hiver commence avec des images d’été, celles de l’idylle entre Félicie et Charles. Le cœur de celle-ci est depuis lors resté fixé sur ces images, bien qu’elle ait une liaison avec son patron Maxence. En effet, Charles reste l’amour de sa vie et le père de sa fille Elise. Elle quittera d’ailleurs Maxence après avoir eu une illumination dans la cathédrale de Nevers. Ce qui la ramène vers Loïc avec qui elle entretient une amitié amoureuse et dont elle se moque gentiment. Elle ne l’aime pas assez pour vivre avec lui. C’est la valse des hésitations pour Félicie. C’est le conte des transports en commun. Eric Rohmer filme en équipe légère, il lui est donc plus facile de suivre Félicie dans le métro, dans le train ou encore dans le bus. Le cinéaste a fait beaucoup de recherches afin que son film soit le reflet le plus fidèle possible de la réalité. Pour donner une touche hivernale, il a choisi de tourner sans éclat. Les couleurs sombres dominent alors que les costumes et les décors sont ternes exprès. Même la ville de Nevers lors de la première visite de Félicie est vide de monde, comme morte.  (Pierre Silvestri)

『海辺のポーリーヌ』Pauline à la plage

第54回 奈良日仏協会シネクラブ例会
54ème séance du ciné-club de l’Association Franco-Japonaise de Nara

◇日時:2020年7月26日(日)13:30~17:00  le dimanche 26 juillet 2020
◇会場:生駒市セイセイビル2階206会議室 Ikoma Seiseibiru 1er étage salle 206
◇プログラム:『海辺のポーリーヌ』 Pauline à la plage, 1983, 95 minutes
◇監督:エリック・ロメールEric Rohmer
◇参加費:会員無料、一般300円 
  gratuit pour membres et étudiants, 300 yens pour non-membre
◇懇親会:例会終了後「カルメシ茶屋」にて 
  Réunion amicale au restaurant Karumeshi-chaya
◇問合わせ:Nasai206@gmail.com tel. 090-8538-2300(例会・懇親会とも予約不要)

≪映画紹介≫
ポーリーヌは、ノルマンディ地方グランヴィルにあるマリオンの家でヴァカンスを過ごすが、恋の行き違いが次々に起こる。花咲く娘たち、海辺、戯れの恋など、ほとんどプルースト的な世界がある。とはいえエリック・ロメールは、ラファイエット夫人によって吐露され、かりそめの恋の甘さを施された感情小説の紋切り型と、マリヴォーやミュッセによる恋の駆け引きの論法の両軸の間でバランスをとる。彼は時代の卓越した社会学者であり、時事問題や当世風の言葉づかいに密着せずして、それを多くの同時代人たちよりも長々と語る。タイトルはどこか子供っぽく、遊戯と快楽主義の外観を装いながらも、『海辺のポーリーヌ』は、当時の大衆青春映画の完全なアンチテーゼであり、情熱とその行き着く先についての、きわめて手のこんだ作品である。やがて真実を明かす役目を果たす、必要欠くべからずの「思い違い」を話の核心に据え、映画作家ロメールは、言葉を介在させて(映画の題辞にクレチアン・ド・トロワの「言葉多き者は災いの元」を引用)、放蕩、官能性、一目ぼれ、誠実さ等、様々な愛の形の一覧表を作っている。(ピエール・シルヴェストリ)

Pauline passe ses vacances à Granville en Normandie chez sa cousine Marion. Divers chassés-croisés amoureux s’ensuivent… Du côté de chez Proust, ou presque : les jeunes filles en fleurs, la plage, le flirt, les amourettes. Sauf qu’Eric Rohmer fait le grand écart entre les stéréotypes du roman sentimental édictés par Madame de Lafayette, et édulcorés dans les bluettes ordinaires, et la dialectique de la transaction amoureuse selon Marivaux et Musset. Rohmer est par ailleurs un excellent sociologue de son temps qui, sans coller à l’actualité et aux tics de langage à la mode, en dit plus long que la plupart de ses contemporains. Pauline à la plage, dont le titre a quelque chose d’enfantin, est, sous des dehors ludiques et hédonistes, une parfaite antithèse des films d’adolescents populaires de l’époque. C’est une œuvre infiniment complexe sur la passion et ses dérivés. Posant au cœur du récit un indispensable quiproquo qui servira de révélateur, le cinéaste va, par le biais du langage (« Qui trop parole, il se mesfait », est la citation de Chrétien de Troyes mise en exergue du film), faire la nomenclature des différents types de postures amoureuses : libertinage, sensualité, coup de foudre, fidélité, etc. (Pierre Silvestri)

『気狂いピエロ』 Pierrot Le Fou

第53回 奈良日仏協会シネクラブ例会
53ème séance du ciné-club de l’Association Franco-Japonaise de Nara

◇日時:2020年2 月23日(日)13:30~17:00  le dimanche 23 février 2020
◇会場:生駒市セイセイビル2階206会議室 Ikoma Seiseibiru 1er étage salle 206
◇プログラム:『気狂いピエロ』 Pierrot Le Fou, 1965, 105 minutes 
◇監督:ジャン=リュック・ゴダール Jean=Luc Godard
◇参加費:会員無料、一般300円 
     gratuit pour membres et étudiants, 300 yens pour non-membre
◇懇親会:例会終了後「カルメシ茶屋」にて Réunion amicale au restaurant Karumeshi-chaya
◇問合わせ:Nasai206@gmail.com tel. 090-8538-2300(例会・懇親会とも予約不要)

≪映画紹介≫
妻との生活に退屈していたフェルディナン(ジャン=ポール・ベルモンド)は、偶然、かつての恋人マリアンヌ(アンナ・カリーナ)と再会し、ふたりは一夜を共にする。翌朝目覚めると、マリアンヌの部屋に男の死体がある。フェルディナンは驚くが、マリアンヌは平然として歌を唄いながら朝食を作っている。わけは後で話すというマリアンヌとともに、ふたりはパリを後にして南仏に向かう。途中、強盗をしたり、怪しげな男やギャングにつきまとわれながら、ふたりは逃避行を続ける。
本作品は、『勝手にしやがれ』(1960) と並ぶ初期ゴダールの伝説的代表作。ことば、映像、音楽による引用と修辞に溢れ、画面は原色の色づかいに彩られている。南仏の海を背景に、ベルモンドとカリーナの二人の個性が際立つ。カリーナは当時すでにゴダールと離婚していたが、彼らが作りだした映画世界は観客の記憶に鮮明に刻まれて続けている。半世紀以上を経たこんにちも、カリーナの天真爛漫な表情は色あせることなくスクリーンを輝かせている。

『王妃マルゴ』La Reine Margot

第52回 奈良日仏協会シネクラブ例会の案内
52ème séance du ciné-club de l’Association Franco-Japonaise de Nara

◇日時2019年9月8日(日)13:00 ~17:00  le dimanche 8 septembre 2019
◇生駒市セイセイビル2階206会議室 Ikoma Seiseibiru 1er étage salle 206
◇プログラム:『王妃マルゴ』La Reine Margot, 1994, 160 minutes
◇監督:パトリス・シェロー Patrice Chéreau
◇参加費:会員無料、一般300円 
gratuit pour membres et étudiants, 300 yens pour non-membre
◇懇親会:例会終了後「カルメシ茶屋」にて Réunion amicale au restaurant Karumeshi-chaya
◇問合わせ:Nasai206@gmail.com(例会・懇親会とも予約不要)

≪映画紹介≫
彼女は美しいカトリック教徒でフランス王の妹、その名はマルグリット・ド・ヴァロワ。マルゴと呼ばれていた。彼はプロテスタントで礼儀知らず、髭の手入れもあまりせず大蒜と汗の匂いがするといわれている。その名はアンリ・ド・ナヴァール。二人は無理やり結婚させられた。宗教戦争によって引き裂かれたフランスを和解させる必要からの政治的策略だった。シャルル9世、アンジュー公、アランソン公のマルゴの3人の兄たちは、彼女を愛し、愛し過ぎていた。いかがわしくて独占欲の強い愛着だった。それでも彼らはみなその場にいて談笑し踊り、楽しむ風を装っていた。この家族の長はカトリーヌ・ド・メディシス。彼女は子供たちに表裏ある言動と権力への愛着を教えた。しかし8月の猛暑のさ中、憎しみと不安が、やがてすべてを封じこめようとしていた。
『王妃マルゴ』は、制作のクロード・ベリによって長いあいだ温められていた企画で、フランス史やアレクサンドル・デュマの小説に密着するよりむしろ私たちの時代の鏡に移し変えることで、瀕死の状態にある時代映画のジャンルを救い出そうと、当時の紛争(湾岸戦争、バルカン戦争、…)を拠りどころとした作品である。
監督のパトリス・シェローは、ダニエル・トンプソン(シナリオ)と協力して、センセーショナルな現代性全体をぼかすために、元の小説から本質のみ引きだして翻案し、欲望や神経症として際立たせ、源にある文学だけでなく、属しているジャンルをも超越した。フランス映画史において、このジャンルをまだ到達したことのない高みにまで押し上げ、画面を深紅の赤の血しぶきでぬらし、フレームに嘔吐をもよおさせるような悪臭を散りばめた。
シェローは、『ゴッドファーザー』のようなシチリア島の一族の物語という自らの主題に取り組み、ゴヤの絵画のように美しく、スコセッシの映画のように激しい、バロック的で暴力的な映画を誕生させた。彼は、デュマの小説を練り上げて、マルグリットの人物像をロマンチックというだけでなく、性愛と淫欲を抱いた複雑で熱狂的な女性像に仕立てながら、王国の退廃的で、きな臭いヴィジョンを作り上げた。(ピエール・シルヴェストリ)

Elle est belle, elle est catholique, elle est la sœur du roi, elle s’appelle Marguerite de Valois. Son frère l’a surnommée Margot. Il est protestant, on dit qu’il est mal élevé, mal rasé, qu’il sent l’ail et la sueur. Il s’appelle Henri de Navarre. On les marie de force. C’est une manœuvre politique : il faut réconcilier les Français déchirés par les guerres de religion. Ils sont trois frères, le roi Charles IX, Anjou son cadet et Alençon le plus jeune. Ils aiment Margot, ils l’aiment trop, d’une passion équivoque et possessive. Pourtant ils sont tous là, ils rient, ils dansent, ils font semblant de s’amuser. Le chef de cette famille, c’est Catherine de Médicis. Elle a appris à ses enfants la duplicité et l’amour du pouvoir. Mais dans la canicule de ce mois d’août terrible la haine et la peur vont bientôt tout étouffer.
Projet de longue date impulsé par Claude Berri, La Reine Margot cherche moins à coller au plus près de l’histoire de France ou au roman d’Alexandre Dumas qu’à sortir le genre moribond du film d’époque en le transformant en miroir de notre temps, l’œuvre prenant appui sur des conflits de l’époque (guerre du Golfe, guerre des Balkans…) afin de voiler l’ensemble d’une modernité fracassante.
Ne retenant du roman éponyme que l’essentiel, l’adaptant, le modelant à ses envies et ses névroses, Chéreau, aidé par Danielle Thompson au scénario, transcende non seulement sa source littéraire mais également le genre auquel il appartient, le propulsant à des cimes encore jamais atteintes dans le cinéma français, éclaboussant l’écran d’un rouge écarlate et empuantissant le cadre d’une fragrance nauséabonde.
Abordant son sujet comme une véritable saga sicilienne, Chéreau accouche d’un film baroque et violent, beau comme un tableau de Goya et brutal comme un film de Scorsese. Il malaxe le roman de Dumas pour en faire une vision décadente et sulfureuse de la royauté, faisant du personnage de Marguerite non plus une figure romantique mais un portrait de femme complexe et fiévreux, sentant le sexe et la luxure.

『未来よ こんにちは』L’Avenir

第51回 奈良日仏協会シネクラブ例会の案内
51ème séance du ciné-club de l’Association Franco-Japonaise de Nara

◇日時2019年7月28日(日)13:30~17:00  le dimanche 28 juillet 2019
◇奈良市西部公民館5階第4講座室
Nara Seibu Kominkan, 5-kai (4ème étage) salle 4 (près de la gare Kintetsu Gakuenmae)
◇プログラム:『未来よこんにちは』(L’Avenir, 2016年, 102 分)
◇監督:ミア・ハンセン=ラヴ Mia Hansen-Løve 
◇参加費:会員無料、一般300円 
gratuit pour membres et étudiants, 300 yens pour non-membre
◇飲み会:例会終了後「味楽座」にて Réunion amicale au restaurant Miraku-za
◇例会・飲み会とも予約不要
◇問合わせ:Nasai206@gmail.com(予約不要)

≪スタッフ≫ Fiche technique
監督 ミア・ハンセン=ラヴ Mia Hansen-Love
脚本 ミア・ハンセン=ラヴ Mia Hansen-Love, サラ・ル・ピカール Sarah le Picard,
ソラル・フォルト Solal Forte
撮影 ドニ・ルノワール Denis Lenoir
美術 アナ・ファルゲール Anna Falguères
編集 マリオン・モニエ Marion Monnier
録音 ヴァンサン・ヴァトゥー Vincent Vatoux, オリヴィエ・ゴワナール Olivier Goinard
衣装 ラシェール・ラウー Rachèle Raoult
制作 シャルル・ジリベール Charles Gillibert

≪キャスト≫ Distribution
ナタリー  イザベル・ユペール Isabelle Huppert
ハインツ アンドレ・マルコン Andre Marcon
ファビアン ローマン・コリンカ Roman Kolinka
イヴェット エディット・スコブ Edith Scob
クロエ サラ・ル・ピカール Sarah le Picard
ヨアン ソラル・フォルト Solal Forte
エルザ エリーズ・ロモー Elise Lhomeau
ユゴー リオネル・ドレー Lionel Dray

≪映画紹介≫
 「女優たちの輝き」シリーズ第2回はイザベル・ユペールを紹介します。セザール賞主演女優賞14回ノミネートの史上最多記録を持つ役柄の幅広さは、彼女のすぐれた演技力と特異な存在感の証。ミア・ハンセン=ラヴは女優から映画批評家を経て映画監督となった経歴の持ち主です。(浅井直子)

 ナタリー(イザベル・ユペール)はパリのリセの哲学教師。仕事に情熱を持ち、自分なりの思考をすることを生徒に伝えようとする。二人の子供の母親として家族で暮らし、昔の教え子たちや独占欲の強い母親との時間も大事にする。ある日夫は別の女性と暮らすために家を出ると告げる。彼女は自由を前にして、自分の生活に新たな意味を見出そうとする。
 監督ミア・ハンセン=ラヴのこれまでの4本の映画を見て好きになった人は、彼女の映画の特異性のすべてが含まれるこの映画にもとまどうことはないだろう。明快な物語の進展、登場人物の巧みな描き方、不確実な感情、仕事と個人的事情、家族関係と社会的地位、現実と理想などの間で揺れ動く複雑な状況。こうしたことの連続は、一見すると取るに足りないように思われるが、映画と人生の長い時間の中で積み重ねられることによって、小説的な意味やその広がりすべてを特徴づけるに至っている。監督は各シーンを配置するために時間をとって、家族の食事、ナタリーの著書を出版する編集者の新しい販売方針との不調に終わる会談、教室での授業、かつての教え子との知的な意見交換、夫との議論や押しが強くヒステリックな母親との口論の繰り返し等の場面を通じて、ナタリーの人物像と彼女の周囲の人々や彼女の環境が少しずつ明らかにされていく。(ピエール・シルヴェストリ)

『ルージュの手紙』 Sage femme

第50回 奈良日仏協会シネクラブ例会の案内 
50ème séance du ciné-club de l’Association Franco-Japonaise de Nara

◇日時 2019年2月24 日(日) 13:30~17:00 le dimanche 24 février
◇会場 奈良市西部公民館5階第4講座室
 Nara Seibu Kominkan, 5-kai (4ème étage) salle 4 (près de la gare Kintetsu Gakuenmae)
◇プログラム 『ルージュの手紙』(Sage femme, 2017年, 117分)
◇監督 マルタン・プロヴォ Martin Provost
◇参加費  奈良日仏協会会員・学生:無料、一般:300円
gratuit pour membres et étudiants, 300 yens pour non-membre
◇飲み会  例会終了後「味楽座」にて
Réunion amicale au restaurant Miraku-za
◇例会・飲み会とも予約不要
◇問い合わせ 浅井直子 Nasai206@gmail.com

≪スタッフ≫ Fiche technique
監 督  マルタン・プロボ
脚 色  マルタン・プロボ
撮 影  イブ・カペ
美 術  ティエリー・フランソワ
衣 裳  バテシバ・ドレフュス
音 楽  グレゴワール・エッツェル
編 集  アルベルティーヌ・ラステラ
製 作  オリビエ・デルボス
製作総指揮  クリスティーヌ・ドゥ・ジェケル

≪キャスト≫ Distribution
クレール    カトリーヌ・フロ
ベアトリス   カトリーヌ・ドヌーブ
ポール     オリビエ・グルメ
シモン     カンタン・ドルメール
ロランド    ミレーヌ・ドモンジョ
病棟主任    オドレイ・ダナ
セシール    ポーリーヌ・エチエンヌ

≪映画紹介≫
 主人公クレール(カトリーヌ・フロ)の職業は「助産婦」(Sage femme)、それがこの映画の原題です。映画はクレールが働く病院での出産シーンから始まり、この世に生を受けたばかりの新生児や周囲の人々の安堵と幸福感にみちた表情、決して楽ではない仕事に達成感と疲れをおぼえつつ、一日を無事に終えて夜遅くひとり自転車で帰宅するクレールの姿が、たんたんと映しだされていきます。ひとり息子のシモン(カンタン・ドルメール)は独立して今は一人で暮らすクレール。休日にはセーヌ川沿いの小さな菜園で野菜作りにいそしみ、隣の菜園で彼女と同じように趣味で農業をしているトラック運転手のポール(オリビエ・グルメ)とも気軽に言葉を交わします。
 平凡ながら充実した日常を送るクレールの目の前に、ある日突然、消息不明だった義母ベアトリス(カトリーヌ・ドヌーヴ)が姿を現わします。ベアトリスはクレールとは対照的に、お酒とギャンブルが好きで自由を謳歌する生き方をしてきた女性。物語が進展するにつれて、対照的な二人の女性の性格や生き方が少しずつ浮き彫りになり、観客としては二人のいずれにも共感又は反感を覚える面があることに気づくかもしれません。
 カトリーヌ・フロとカトリーヌ・ドヌーヴ、二人とも数多くの映画に主演してきたフランスを代表するヴェテラン女優。二人の共演がなんといってもこの映画のみどころです。二人とももう若くはないけれど、自らの人生を歩んできた女優そして人間としての存在感が、登場人物のクレールとベアトリスにいっそうの生命力と輝きを与え、この映画を味わい深くしているように思います。後半部になって二人の女性と関わってくるトラック運転手のポールを演じるオリヴィエ・グルメ(ダルデンヌ兄弟監督『息子のまなざし』(2002) でカンヌ映画祭男優賞受賞)もまた、二人の女優にまけない独特の持ち味を発揮して、観客を楽しませてくれます。
 新たに迎える一日が、たとえ不確かな未来の始まりかもしれなくても、愛する人と別れることになるかもしれなくても、自分らしく生きていこうとする、登場人物たちの姿に思わず乾杯したくなるような作品です。 (浅井直子)

『山猫』 Le Guépard

第49回 奈良日仏協会シネクラブ例会の案内
49ème séance du ciné-club de l’Association Franco-Japonaise de Nara

◇日時 2018年11月25 日(日) 13:00~17:00 le dimanche 25 novembre
◇会場 奈良市西部公民館4階第2会議室 Nara Seibu Kominkan, 4-kai (3ème étage) salle 2 (près de la gare Kintetsu Gakuenmae)
◇プログラム 『山猫』(Le Guépard, 1963年, 186分)
◇参加費  奈良日仏協会会員・学生:無料、一般:300円
gratuit pour membres et étudiants, 300 yens pour non-membre
◇飲み会  例会終了後「味楽座」にて Réunion amicale au restaurant Miraku-za
◇例会・飲み会とも予約不要
◇問い合わせ 浅井直子 Nasai206@gmail.com

(スタッフ)
監 督 ルキーノ・ヴィスコンティ Luchino Visconti
原 作 ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサ Giuseppe Tomasi di Lampedusa
脚 色 スーゾ・チェッキ・ダミーコ Suso Cecchi D’Amico
    エンリコ・メディオーリ Enrico Medioli
   パスクァーレ・フェスタ・カンパニーレ Pasquale Festa Campanile
   マッシモ・フランチョーザ Massimo Franciosa
   ルキーノ・ヴィスコンティ Luchino Visconti
撮影・完全復元版監修
ジュゼッペ・ロトゥンノ Giuseppe Rotunno
美 術 マリオ・ガルブリア Mario Garbuglia
装 飾 ジョルジョ・ペス Giorgio Pes
    ラウドミア・エルコラーニ Laudomia Hercolani
衣 裳 ピエロ・トージ Piero Tosi
音 楽 ニーノ・ロータ Nino Rota
使用曲 ジュゼッペ・ヴェルディ「華麗なるワルツ」
指 揮 フランコ・フェルラーラ Franco Ferrara
演 奏 サンタ・チェチリア交響楽団 Symphony Orchestra of Santa Cecilia
編 集 マリオ・セランドレイ Mario Serandrei
製 作 ゴッフレード・ロンバルド Goffredo Lombardo

(キャスト)
ドン・ファブリツィオ サリーナ公爵…バート・ランカスター Burt Lancaster
公爵の甥 タンクレディ…アラン・ドロン Alain Delon
アンジェリカ・セダーラ…クラウディア・カルディナーレ Claudia Cardinale
ドン・カロージェロ・セダーラ…パオロ・ストッパ Paolo Stoppa
公爵夫人 マリア・ステッラ…リーナ・モレッリ Rina Morelli
ピローネ神父…ロモーロ・ヴァッリ Romolo Valli
ドン・チッチョ・トゥメオ…セルジュ・レジアニ Serge Reggiani
パラヴィチーニ大佐…イーヴォ・ガッラーニ Ivo Garrani
シュヴァレ…レスリー・フレンチ Leslie French
カヴリアーギ伯爵…マリオ・ジロッティ(テレンス・ヒル) Mario Girotti
フランチェスコ・パオロ(公爵の長男)…ピエール・クレマンティ Pierre Clementi
コンチェッタ(公爵の長女)…ルチッラ・モルラッキ Lucilla Morlacchi
ガリバルディ軍の将軍…ジュリアーノ・ジェンマ Giuliano Gemma
カロリーナ(公爵の次女)…イーダ・ガッリIda Galli
カテリーナ(公爵の三女)…オッタヴィア・ピッコロ Ottavia Piccolo
パオロ(公爵の次男)…カルロ・ヴァレンツァーノ Carlo Valenzano

『パリの灯は遠く』、『仁義』、『サムライ』に引き続くアラン・ドロン特集しめくくりの第四弾。今回は、時代をさかのぼり1860年国家統一を叫ぶガリバルディ将軍率いる赤シャツ隊が上陸するシチリア島が舞台です。落日を前にした名門貴族の当主の悠揚迫らざる決断と新時代へ飛び込む若者たち。自然、土地、街、交通、屋敷、人々、衣装、光、音・・・。その時代その場所へタイムスリップしたような臨場感、登場人物の語る言葉のひとつひとつが重みをもって伝わる精緻な大作です。バート・ランカスター、クラウディア・カルディナーレ出演。第16回カンヌ国際映画祭で最高賞に輝いた巨匠の代表作。

(舞台と時代背景)
 イタリア南部のシチリア島。当時はナポリを含む南イタリアと共に《両シチリア王国》に属していた。舞台となるのは、サリーナ公爵家のある島の北岸の都パレルモと、その広大な領地があり夏にそこの別荘で過ごすパレルモの南方、内陸のドンナフガータ村のモデルとなったサンタ・マルゲリータ・ベーリチェ。
 1860年のイタリア統一戦争の時代。イタリアは、サルディーニャ王国と、ローマを中心とする教皇領の他は、他国の影響下にある5つの王国・公国を合わせた集合体にすぎなかった。独立国家であるサルディーニャ王国の主導のもとで独立・統一の運動と戦いが進められ、同年11月に両シチリア王国が滅ぼされ、1861年3月に統一国民国家としての新生イタリアが出発することになる。
 シチリアの歴史は2500年に亘る異民族支配の歴史で、1302年以降はスペインの統治が5世紀半に亘って続き、前世紀からはスペイン・ブルボン王朝の支配下にあった。1860年5月、統一を目指すガリバルディ将軍は義勇軍「千人隊(赤シャツ隊)」を率いてシチリアに上陸する。赤シャツ隊のスローガンは祖国統一と腐敗した貴族支配からの解放であったから、広大な領地と財産を所有する貴族は、大変革かあるいは没落かの局面に立った。こうした時代背景において、原作小説は名門貴族サリーナ家を設定し、歴史の荒海におけるその当主の内面と運命をどのように受け入れるか、また若い世代はいかに進路を見出すかを描く。
 その先の歴史であるが、統一後もローマを中心とする教皇領はフランス軍に守られる体制のままであったことなど、ガリバルディは新しいイタリア王国のあり方に不満をもち、1862年、義勇兵を組織して反乱を起こす。ローマへの侵攻を企て、今度は新王国政府と対立する事態を招く。最終的にローマのイタリア王国併合は1870年10月である。また農民は新政府になっても大土地所有制は廃止されず農地を得られないなどの現実に不満を持つ一方、旧貴族は現状維持された形で支配層として君臨し続ける。大土地所有制が廃止されたのは第二次世界大戦後のことである。
 なおマフィアは、18世紀後半、シチリア西部の農村地帯に発生した武装集団で、山賊の跋扈する無法地帯の治安を維持するとともに農地管理人とともに土地を暴力で支配し勢力を拡大して行ったもので、映画ではそうした背景を窺うことが出来る。

(見どころ)
 《山猫》というのは、シチリアの名門貴族サリーナ公爵家の紋章です。祖国統一と腐敗した貴族支配からの解放を叫ぶガリバルディの赤シャツ隊が上陸し、戦闘が繰り広げられる事態に直面した山猫の当主サリーナ公爵ドン・ファブリツィオ(バート・ランカスター)は、どのような態度を示すでしょうか?
 公爵には長男フランチェスコ、次男パオロ、長女コンチェッタ、次女カロリーナ、三女カテリーナがあり、われらがアラン・ドロンは、公爵の甥タンクレディ役で登場します。ポスターで黒い帯で片目を隠しているのはなぜ? 『仁義』、『サムライ』で見てきた犯罪の血が流れているあのニヒルな表情は今回見られるでしょうか? 公爵は、彼ら若者たちをどのように見ていて、公爵家の将来、自身の生と合わせてどのような判断をするでしょうか?
 さて、クラウディオ・カルディナーレ演じるアンジェリカが登場します。圧倒されます。村長で土地独特の勢力図において貴族を超える大財力をもったドン・カロッジェロの娘なのです。名門貴族の山猫サリーナ公爵は、農村マフィアの山犬ドン・カロッジェロに対してなにを言い出すでしょうか。公爵と公爵家付のピローネ神父や、オルガン奏者のドン・チッチョとのやり取りも実に興味深いです。きれいごとなんかでない、人間の重みがここにも生き生きと浮かび上がります。そして大舞踏会がポンテレオーネ家の大きな大きな屋敷で催されます。滅び行くものと、新しく輝き出すものとの円舞が、目の前で見るようなリアリティをもって展開されるのです。(大内隆一)

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